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静岡地方裁判所浜松支部 昭和30年(ワ)179号 判決 1957年2月14日

浜松市松城町二〇番地

原告

鈴木哲哉

静岡県浜名郡積志村方四六五番地

原告

森英夫

右両名訴訟代理人弁護士

白石信明

右訴訟復代理人弁護士

田中豊恵

浜松市野口町六二六番地

被告

浜松パーム有限会社

右代表者代表取締役

山下計夫

東京都南多摩郡多摩村関戸二八三番地

被告

横倉宏

被告

法定代表者 法務大臣

右指定代理人検事

加藤隆司

法務事務官 望月伝次郎

法務事務官 山田良平

法務事務官 村松実

大蔵事務官 清水善一

大蔵事務官 兼子俊

右当事者間の昭和三〇年(ワ)第一七九号登記抹消等請求事件につき、次のとおり判決する。

主文

原告等の請求は、何れもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、別紙目録記載の建物につき、原告等において昭和三〇年六月一四日契約による別紙抵当目録記載の抵当権を有することを確認する、被告等は原告等に対し、右建物につき、昭和三〇年六月二〇日静岡地方法務局浜松支局受付第六八八三号を以てなされた昭和二六年二月一四日同支局受付第七八七号所有権移転登記に対する申請錯誤を原因とする抹消登記の抹消手続をなしたる上、右第七八七号昭和二五年一〇月三日売買による被告横倉宏の所有権取得登記及び昭和三〇年六月一四日同支局受付第六六三五号昭和二八年五月二八日住所移転の附記登記の回復登記手続(被告国に対しては右各登記手続に関する同意)をせよ、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決を求め、その請求原因として、次のとおり陳述した。

別紙目録記載の建物は、もと、被告会社の所有であつたが、昭和二五年一〇月三日売買契約により被告横倉がこれを買受け、昭和二六年二月一四日静岡地方法務局浜松支局受付第七八七号を以てその旨の所有権移転登記を了した。

然るに被告国は昭和三〇年六月二〇日同支局受付第六八八三号を以て、右所有権移転登記の申請は錯誤に基くものとして被告会社に代位して右登記の抹消登記手続を申請し、その旨の登記を了し、右建物を被告会社の所有名義に移した上同日同支局受付第六八八四号を以て同会社に対する国税滞納処分による差押の登記をした。しかしながら右代位登記こそ被告国の錯誤に基く無効のものである。

またこれより先、原告等は昭和三〇年六月一四日被告横倉との抵当権設定契約により右建物につき別紙抵当権目録記載どおりの約定をなし、その旨の登記を受け、右建物につき抵当権を有している。不動産登記法上、抹消登記手続をなす場合に、登記上利害関係を有する第三者があるときは、その承諾を要し、その承諾書の添付を必要とする。何となれば、登記を基礎として権利関係を築いた第三者に不測の損害を与えるおそれがあるからであると解されるところ、本件抹消登記申請書には右利害関係人に当る原告等の承諾書の添付がない。従つて右申請は受付けられるべきものでなかつたのに係員の過誤により受付けられたものであつて本件抹消登記は不法の登記である。

以上何れの点からしても本件抹消登記は抹消即ち抹消された登記は回復されるべきものであり、原告等は前記建物につき抵当権を有するものであるから、被告等に対し、右登記手続を求め、かつ原告等が抵当権者であることの確認を求めるため本訴請求に及んだ次第である。

被告国の答弁事実に対しては、被告会社が税金を滞納していたことは認めるが、被告横倉に対し所有権移転登記をするに至つた事情は否認すると述べた。

被告会社及び被告横倉は何れも本件最初の口頭弁論期日に出頭しないので、その提出した各答弁書を陳述したものとみなすべきところ、その記載によれば、何れも、原告等の請求並びに請求原因全部を認めるというのである。

被告国指定代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

原告等の主張事実中、原告主張の建物につき、被告会社から被告横倉に売買による所有権移転登記がなされてあつたこと、被告国が原告等主張のように代位による抹消登記手続を了し、本件建物につき国税滞納処分による差押をなしたこと及び原告等主張のような抵当権設定登記があることは何れもこれを認めるが、被告横倉が真実に所有権を取得したこと、被告国が錯誤によつて代位登記申請をしたこと及び原告等が抵当権者であることは争う。

被告会社は原告鈴木及び訴外山下計夫を代表取締役として竹製品等の製造販売業をしていたが、昭和二五年九月三〇日解散し、現に右山下計夫が清算人となつて清算中のものであるところ、被告国に対し、源泉所得税については昭和二五年分から昭和二七年分まで、法人税については昭和二四年分から昭和二八年分まで合計金二、五〇五、八二一円の国税を滞納しているものである。そこで被告会社はたまたまその東京連絡所において販売外交に従事していた被告横倉が自己の印鑑を同会社に預けてあつたのを利用して、同被告の知らない間に本件建物につき前記の如き売買による所有権移転登記手続を了したものであつて、右は明らかに被告会社が前記国税の滞納処分を免れるためになした違法な登記である。

よつて、被告国は、本件建物を差押処分するため、登記義務者たる被告横倉の承諾書を添付し、登記権利者たる被告会社に代位して、前記所有権移転登記の抹消登記手続を申請したのである。

以上の事実から明らかなとおり、本件建物は被告横倉の所有でなく、従つて原告等が右建物につき設定した抵当権は無効のものであるから原告等の請求は理由がない。

立証として、原告等訴訟代理人は、甲第一号証及び甲第二号証の一乃至三を提出し、証人山下修右こと山下亘一、横倉碩之助、被告横倉宏、被告会社代表者の各供述を援用し、乙号各証の成立を認め、被告国指定代理人は、乙第一乃至第五号証を提出し、証人金井啓次、被告横倉宏の各供述を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

被告会社及び被告横倉は、原告の請求を認諾するけれども、本件は訴訟関係が合一にのみ確定すべき場合であり、被告国は原告等の本訴請求に対し争つているから、被告会社及び被告横倉も被告国の本訴請求原因に対する答弁のとおり述べたものとみなすべきである。

よつて右趣旨により次のとおり判断する。

別紙目録記載建物はもと被告会社の所有であつたが、昭和二十六年二月十四日静岡地方法務局浜松支局受付第七八七号により昭和二十五年十月三日附売買契約により被告宏が買受けた旨の登記がなされたこと、被告国が昭和三十年六月二十日同支局受付第六八八三号を以て被告会社に代位し右登記は錯誤に基くものとして同登記の抹消登記を申請し、その旨の登記がなされたこと、被告国が右抹消登記に基き、被告会社の前記建物の所有者として、同会社に対する国税滞納処分により同建物を差押えたこと及び、これより先、右建物につき同月十四日原告等がその主張のような抵当権設定登記手続を了していたことは、何れも当事者間に争がない。

原告等は、被告横倉は前記所有権移転登記のとおり本件建物を買受け、その真正な所有者であり、従つて原告等は右建物に対する抵当権者である旨主張するけれども、証人山下亘一、被告会社代表者山下計夫及び被告横倉の各供述中右主張に沿う部分はにわかに措信することができない。却て成立に争のない乙第一、第三号証の各記載及び証人金井啓次の証言に、当事者間に争いのない被告会社が昭和二十五年九月三十日解散し、現に清算中であること、及び源泉所得税につき昭和二十五年分から昭和二十七年分まで、法人税につき昭和二十四年から昭和二十八年分まで合計金二百五十万五千八百二十一円の国税を滞納している事実を総合すれば、被告会社は前記所有権移転登記がなされた当時、被告国に対する滞納税金のため、その財産を国税滞納処分に付されることをおそれ、財産差押を免れるため被告横倉と通謀の上、同被告に売渡したように仮装した虚偽の売買契約書を作成し、これに基き前記所有権移転登記手続をしたものであることが認められ、他にこれを覆すに足る証拠はない。従つて、右売買契約書は無効のものであつて、被告横倉は前記建物について所有権を有しないものといわなければならないから、前記原告等主張事実を前提とする本訴請求は理由がない。

次に原告等は、前記代位登記申請には、利害関係人である原告等の承諾書が添付されておらず、これを受付けてなされた本件抹消登記は違法であるから右登記は回復されるべきものであると主張するので、この点につき考察する。原告等が右抹消登記の前である昭和三十年六月十四日前記支局受付第六六三六号を以て、原告等主張のような抵当権設定登記手続を了していたことは前記認定のとおりである。しからば、原告等は、不動産登記法第一四六条にいわゆる登記上利害の関係を有する第三者に当るから、同条の規定に従い、前記被告会社と被告横倉間の本件所有権移転登記の抹消を申請するには、利害関係人である原告等の承諾書又はこれに対抗することができる裁判の謄本を必要とすることは明らかである。しかして、被告国のなした本件抹消登記申請において、右承諾書又は裁判の謄本の添付がなかつたことは当事者間に争がない。従つて右抹消登記申請は違法のものであるといわなければならないけれども、一旦、かような申請が受付けられて登記がなされた以上、それが実体的権利関係に合致する限り右登記は有効となると解するのが相当である。本件においては、前記認定のとおり、被告会社と被告横倉間の本件所有権移転登記は、同被告等が通謀してなした虚偽の売買契約に基く無効のものであるから、これを抹消した本件抹消登記は実体的権利関係に合致していることとなり、結局本件抹消登記申請の前記形式的瑕疵は治癒され、右抹消登記は有効であるといわなければならない。

以上、何れの点からしても、原告等の本訴請求は理由がないものというべきであるから、何れもこれを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 播本格一)

不動産目録

浜松市野口町六弐六番

家屋番号 同町六弐八番の弐

木造杉皮葺弐階建倉庫 壱棟

建坪壱階坪 四七坪弐合五勺

弐階坪 弐八坪五合

木造杉皮葺平屋建倉庫

建坪 拾五坪

木造瓦葺平屋建工場

建坪 参拾壱坪五合

抵当権目録

一、貸借 昭和三十年六月十四日

二、債権者 原告両名

三、債務者 浜松市鴨江町六二六番地 山下修右

四、債権額 金六拾万円

五、利息 年一割二分

六、登記 静岡地方法務局浜松支局昭和三十年六月十四日受付第六六三六号

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